「ここにくれば女子《おなご》が抱けると聞いたんじゃが、間違いないか?遊郭も、随分と洋風になったもんじゃの」
若い華奢な男だが、見た目に反して老人のような言葉遣いで、その客は話した。「うふふ、面白いお客様ですね。きららと申します。今日はご指名ありがとうございます。お部屋までご案内しますね」
2人は階段を上がって、豪華な内装の個室に到着する。
「今日は、お仕事中にいらしたのですか?スーツ、似合ってますね。」
「仕事が終わってから行くと、家にうるさいのがいるでの。外回りということにして、会社を抜けさせてもらった」
「あ、ご結婚されてるんですか。」
「夫婦ではないぞ。一緒の部屋で暮らしておるだけじゃ」
「同棲されてるんですか。お客様みたいな格好いい人の彼女なら、さぞかしきれいな人なんでしょうね」
「フフン、まあ、あれは上《じょう》モノじゃなぁ」
「うふふ、そんな素敵な彼女さんがいるのに、遊びに来て下さって、ありがとうございます」
「礼には及ばんぞ。気が変わったからのう」
「え…?」
「おぬし、なにか訳アリのようじゃの。儂の目は誤魔化せん。この仕事自体が嫌いというわけではなさそうじゃが」
「え、えっと…」
「隠しても無駄じゃぞ。人間の心を読むことくらい容易《たやす》いことよ… 少しばかり、急いだほうがよいのじゃろ?」
千沙都は限界であった。必死にこらえていた涙が、意志と関係なくボロボロと零《こぼ》れ落ちる。
「あれ、泣かせてしもうた」
「…す…すみません…」
「よいよい、もう今日おぬしを抱くのはやめにする」
「いえ、大丈夫ですから… ごめんなさい…」
「ウチのに知れると、あとで何を言われるか分からんしな」
(では、そもそもなぜこんなところに来たのであろうか、この龍は)「よし、詳しい話はあとじゃ。とりあえず身請《みう》けしよう」
「…はい?」
千沙都はキョトンとしている。ミウケ?何のことだ?「いくら積めばよいかの。店の者と話せるか」
凛太郎は、勝手に部屋を出て1階のフロントに向かっていこうとした。「え?ちょっとお客様、困ります…!」
♦
そこからの話は早かった。槌田店長がもともと千沙都が店を辞めることを覚悟していたからである。正直なところ、槌田は
『身請けって… この客、マジか?江戸時代あたりからタイムスリップしてきたんじゃねーだろーな?いまどき店に金を払うとはなんつー時代錯誤…』
と思っていた。
「とりあえず、こんなところでどうかの」
九頭龍凛太郎は、人差し指を1本、槌田の目の前で立てて見せた。
「1000万ですか?…彼女は1か月で600万円以上売り上げるんですがね」
「なに?1億のつもりだったんじゃがな。そうか不足か… では3億でどうじゃ」
槌田は、脚と声の震えを隠すのに必死だった。
その後、九頭龍と槌田の間では、
「はーい『りゅーペイ』で払うからのー 『あぷり』ひらいて―」
「お、おう…」というやり取りがなされた。
九頭龍凛太郎は千沙都の部屋に戻ってきた。
「話はついたぞ」「…」
千沙都は複雑な表情である。「…よい遊郭みたいじゃの。世話になったのであろう。店のものたちに挨拶してゆくがよい」
千沙都はそのあと、たっぷり1時間かけて、その時間帯に店にいる人物全てに丁寧に挨拶をした。槌田には何度も何度も深々と頭を下げてお礼を言った。槌田も優しげな表情で別れを惜しんだ。親友といってもよい後輩の朋美とは、抱き合って号泣した。
「いつでも家に来てください!遠慮しないで…」
「ありがとう…!そうする!!」
男性店員の梶谷(この男には、千沙都に対する下心が多分にあった)に対しても、千沙都は堅く両手で握手して、その手をブンブンと手を上下に振った。梶谷は幸せそうに、顔を赤らめて終始ニヤケ面であった。
ひとしきり千沙都の挨拶が済むのを見計らって、華奢な男はふたたび口を開いた。
「では、この女子《おなご》はもらい受ける」「お世話に…なりました…」
千沙都は、深々ともう一度店のメンバーたちにお辞儀をした。 PEARLを出て、新宿を歩く九頭龍凛太郎と千沙都の二人。どんな大都市でもそうだが、日本有数のオフィス街である新宿といっても、人通りの少ない通りはたくさん存在する。「…まだ、安心するのは早いようじゃな」
「え…?」
「尾|《つ》けられておる。心当たりはあるか?娘よ。」
「はい…あります。」
「…まぁ、よい。詳しい話はあとで、という約束じゃったしの」
九頭龍は、裏通りのさびれた公園で、後ろを振り返った。 「…おぬしは、何者じゃ」少し間をおいて姿を現したその男は、口を開いた。
「それはこっちの台詞だ。私はその子の保護者だ。あんたこそ、その子をどうするつもりだ」
やはり、水口である。千沙都は吐き気がした。危惧はしていたが、こんなに早くやってきたか。
「保護者?儂には、ぬしがこの娘を守ってくれるようには、どうも見えんのじゃがな」
「何を…何をバカなことを…」
水口の顔には、禍々しいほどに青筋が浮き出ている。「この子に戻ってきてもらわないと困るんだよ…!」
水口は懐《ふところ》からナイフを取り出した。
「千沙都から離れろ。その子は…その子は俺のものだ!」
九頭龍凛太郎はため息をついて、千沙都のほうを向く。
「ハァ…。ああ言うておるが、娘よ。
あの者のもとにゆくという考えは無い、ということでよいな?」「はい…!絶対にイヤです!!」
「だ、そうじゃ。交渉は決裂じゃの。」
「ふぅ… ぐふぅ… うぐ…」
ナイフを手にした水口は、苦しそうなうめき声を上げだした。顔色もドス黒くなり、目も血走っている。口からはよだれが垂れている。気のせいか、水口の回りに黒い霧のような、もやのようなものが見える。「おや…」
凛太郎でなくても、今の水口が普通の人間の状態ではないということは容易に理解できるだろう。「千沙都を…返せー!!」
水口はナイフを両手に持って、凛太郎に向かって突進してきた。「見たところ、お前さんは少し重症のようじゃ…
多少荒療治になるが、許せよ!」凛太郎も、突進してくる水口に向かって、駆け出す。
両者が正面からぶつかるかという刹那、凛太郎が水口が渾身の力をこめて伸ばしたナイフを躱《かわ》したかと思うと、一瞬のうちに、凛太郎の首から上が瞬時に龍の姿になった。読者諸君には以前、凛太郎が初めて九頭龍に変化《へんげ》し、七海の癌を食べたときのことを思いだしていただきたい。
バクン!
龍に姿を変えた凛太郎の顎が、水口の頭を丸のみにした。
「…!!」
千沙都は驚いて息をのんだ。無理もないだろう。水口がナイフを取り出して突進してきたことも、先ほど自分を店から買い上げた客の頭が人ならざる姿に変わったことも、その異形《いぎょう》が水内の頭を嚙み潰したことも、全てが衝撃的すぎて頭がついていかない。九頭龍は凛太郎の姿に素早く戻る。食われたはずの水口の頭は無くなっておらず、そのままドタリと前のめりに倒れた。ナイフは持ったままだが、気を失っているようだ。
「これにて、一件落着…」
とは、いかなかった。
(つづく)
「よう、色男《いろおとこ》。大ピンチのようじゃの。」「…誰だ、アンタ…」武本雷多がシャッターに空けた大穴から、ゴースト商店街の中の藤島兄弟の隠れ家に入ってきた男は、若いのに老人のような口ぶりで話した。女のように小柄な体つきと長い髪をしている。「貴様ら、金熊童子《かねくまどうじ》に星熊童子《ほしくまどうじ》じゃな」名前を呼ばれた二人の鬼女《おにおんな》は、九頭龍凛太郎の方をまじまじと見つめる。「!! てんめぇ… どうしてウチらのことを知ってんだ。 まさか… 虎熊《とらくま》をやったのはてめぇか!?」金髪の鬼が表情を変える。どうやら、勇千沙都《いさむ ちさと》のストーカーをしていた義父・水口祐己に取り憑いていた虎熊童子という男の鬼とこの2体の女の鬼は、きょうだい、もしくは仲間であるようだ。「この若いのは、もう十分よくやったじゃろ。鬼であるぬしらに、人の身でありながら力比べで勝ったではないか。ぬしらの負けじゃ」「…うるさいわね。鬼のメンツってものがあんのよ」 星熊童子という名前であるらしい、長髪メッシュの鬼が答える。「そうか…。
武本雷多《たけもと らいた》が倒した藤島龍ノ介・虎ノ介の兄弟の目・鼻・口からドロドロとした黒い、粘性のある液体のような物質が流れ出てきた。やがてその液体は別々の人型を成していった。二人の若く美しい女である。が、二人とも頭に二本の角が生えている。「…ハハハハハ。お前、いいねぇ。好きだぜ、強い男はよぉ。」一人が口を開いた。龍ノ介から出てきた方である。鮮やかな金髪のセミロングで、肌は浅黒い。「あら。あんたはどんな男でも好きでしょ、金熊《かねくま》。ホントに、見境《みさかい》ないんだから」虎ノ介から出てきた方の鬼の方が言う。こちらは色白で、淑《しと》やかな美少女といった風体である。美しく長い髪は、黒と鮮やかな紫のメッシュに、きらきらと銀色のラメがあしらわれたように輝いている。こちらの長髪メッシュの方の鬼が、今度は雷多に対して話しかける。「お前、どうやら普通の人間じゃないみたいね。お前に乗り移ってもいいんだけど、瘴気《しょうき》が全然ないみたい。…というわけで、サクッと死んでちょうだい」「オイオイ、せっかち過ぎねーか、星熊《ほしくま》。ちょっとは楽しんでから、ってのはなし?」「まあ、相変わらずサカっていらっしゃること。めんどくさいわね…。もし私らより強い男だったら、アリなんじゃない?」雷多は動揺していた。今まで、裏社会に半分以上足を突っ込んで生きてきて、組の抗争も含め、修羅場は数えきれないくらいくぐってきたつもりだ。生まれたときから肝っ玉の太さには自信がある方だし、何より自分には、天から授かった人間離れした腕力と屈強な肉体が備わっている。銃撃に巻き込まれるなどといったことがない限り、自分にとって恐れることなどないだろうと思っていた。ところが、今自分の目の前で起きていることは、明らかに超自然的な現象である。自分の肉体にものを言わせて解決するような問題であるようには思えない。「嬢ちゃんたち、俺とケンカしたいのか。俺は女は殴らないことにしてるんだが」「ハッ!聞いたか星熊!こいつ女に優しいぜ。『ふぇみにすと』てやつだろ?ますます惚れちまいそうだぜ…!!」金髪の鬼が一瞬のうちに雷多の正面まで間合いを詰め、右手で重黒木の喉元をつかむ。「…うぐッ!」そのまま右腕一本で雷多の大きな体を持ち上げる。とても女の腕とは思えない力である。このままだと窒息死は確実だ。だ
われらが九頭龍凛太郎は、ヤクザマンションことレイヴンズマンションから脱出して千沙都をタクシーで自宅に帰した後、スカウトマン漆島《うるしま》の住むマンションに来ていた。「おい女衒《ぜげん》、名はなんと申すか」「…漆島です」「変わった名前じゃの。儂のことは分かっておるな?」「えっと… 九頭龍大明神様、でしたっけ」 (もちろん、漆島は凛太郎が『自分はキャラを演じているのだからそれに合わせろ、正体を詮索するな』という意味で言っているのだと思っている。)「そうじゃ。分かればよろしい。それはそうと、なかなかいい所に住んでおるな。千沙都が稼いだ金で贅沢していたようじゃの」「…はい、正直、ものすごく助かっていました…」 漆島は、説教を覚悟した。この優男に「そんな、女を食い物にするような仕事は今すぐやめろ」と言われれば、はい、と答えるしかない。華奢で小柄な優男なのに、この抗《あらが》いがたいオーラは、一体どこから出てくるのだろうか。「安心せい。儂は度量の広い龍じゃ。先ほどの渡世人《とせいにん》たちもそうじゃが、必要悪がなくては世の中が成り立たんことくらいは承知しておる。ただし、女子《おなご》を泣かすなよ。泣かすような真似をしたら、その時は…」「その時は…?」「殺す」「やっぱり!」「それはそうと、おぬしの女衒《ぜげん》業者の頭目のことについて聞かせてもらうぞ。…しばし待て」「?」九頭龍凛太郎は携帯を取り出してある人物にかけた。「…梅《うめ》か、儂じゃ。今平気かの? 今から、うちの会社の従業員の住所を送るから、異変がないかぬしの眷属に見張らせてくれるか。頼む。…恩に着る。 それからの。今からある女衒業者の頭目について、手下の女衒が説明をするから、それもぬしの眷属を使《つこ》うて居場所を突き止めてほしいんじゃ。では、変わるぞ。 …よし話せ、ウルシ」(いや、漆島なんだけど…) 九頭龍凛太郎は携帯をスピーカー通話モードにすると、漆島に話すよう促した。そのあと漆島が話したことは、読者にとって目新しい内容は含んでいない。要するにスカウトマンチーム『Mauve(モーヴ)』のトップである双子、藤島龍ノ介・虎ノ介兄弟が、新宿最大のヤクザ組織・旭会《あさひかい》のトップである小関伝七の顔に泥を塗ったため、新宿じゅうのヤクザたちが双子の居場所を突き止め
クラブ『ナイトフラワー』。新宿で一番ヤバいクラブと言われ(何がヤバいのかはここでの詳述を避ける)、それだけに客同士のトラブルが多いナイトクラブとして知られている。一言で言えば治安の悪いクラブということになる。ここのクラブ経営には旭会《あさひかい》が絡んでおり、傘下である内村組の若頭・竹ノ内が仕切るフロント企業が経営元である。武本《たけもと》雷多《らいた》という若い大男のスタッフが、この『ナイトフラワー』のセキュリティを一手に引き受けている。いわゆる用心棒というやつだ。もともとは渋谷や六本木の大型クラブと同じように、応援のセキュリティ要員は警備会社に頼んで数人派遣してもらっていたが、武本雷多の別格の腕っぷしが竹ノ内の目に留まり、セキュリティのメイン、というか揉め事を起こす客を腕力で黙らせたり追い出したりする役目を一手に任された。そのうち、あまりの強さに組内外の抗争に助っ人として雷多が呼び出されるようになった。 今や武本雷多の名前は、新宿の闇社会界隈では知らないものはいない。旭会傘下の中で一番新参者で一番の弱小勢力である内村組が一目置かれているのは、組長の内村|功泰《やすのり》の懐刀《ふところがたな》と
新宿のヤクザマンションに千沙都と正代が監禁される全日の金曜日、株式会社ギャラクティカのオフィス。新しくデリバリーヘルスを始めるという企業からのホームページ制作の件で、たまたま問い合わせの電話対応をしたがために案件担当になった凛太郎が、再びかかってきた電話に出ていた。「…お電話ありがとうございます。ギャラクティカの葛原です… あ、加納様。先日はありがとうございました」「葛原さん、急ですまないんだけどね。明日の土曜はおたくの会社お休みだと思うんだけど、午前中、説明しに来てくれませんか。どうしても明日しか時間がとれなくて」 どこか腑《ふ》が抜けたような声だ。「はいもちろん、お伺いしてサービスの説明をさせていただきます。どちらまで参ればよろしいでしょうか?」「新宿区〇〇-××-△△、レイヴンズマンション歌舞伎町の701号室」「弊社のオフィスからすぐ近くですね… 10時ではいかがでしょうか?」「10時ですね。じゃあお待ちしてますよ」 翌日。その住所が悪名高きヤクザマンションだとはつゆ知らず、凛太郎は営業資料を携えて701号室にやってきた。玄関のチャイムを鳴らすと出迎えたのは、やせた神経質そうな男だった。電話で何度か話した、加納という人物だ。奥にもう一人、高価そうだがガラの悪いスーツを着てガッシリとした体格の男が座っている。「いやー、すみません。休日に呼び出してしまって。すこしでも早く店を始めたくてですね… じゃ、早速ですけど、おたくにホームページ作成を頼んだとして、料金プランみたいなの、簡単に説明してくれますか?」「はい、よろしくお願いします…」そこからのプレゼンの内容は、凛太郎はよく覚えていない。自分としてはいつも通り、誠実に説明をしたつもりである。気づいたら、加納が奥のガラ悪スーツの男を呼んでいた。「竹ノ内さーん。話、まとまりそうです」奥から出てきたその竹ノ内と呼ばれる男が、カタギの人間でないことぐらいは、25歳の凛太郎にも理解できた。「…この場所を聞いてビックリしなかったかい? 店のスタートは俺に任されてるんだけど、風俗店は初めてでね。表向きはクリーンな店ってことにして、直接俺が経営に関わらないようにしないといけねえから、この加納に任せるわけだ」「はぁ…」表向きは?ということは、やはり組のシノギなのか。「この場所を聞いてビックリ
「お前、スカウトだな。ちょっとツラ貸せや」 「いや、ちょっと…何か失礼がありましたか?」「失礼だと?ボケてんじゃねーよ… お前、どこのスカウトだ?」「え…?」「所属のスカウト会社はどこだって聞いてんだよ」「…Mauve(モーヴ)です」「モーヴかよ!ちょっと事務所来いや!」千沙都が警察を呼ぼうとしていると、後ろからもう一人の人物がぎゅっと力をこめて千里の肩をつかむ。 「ハイ、変な気起こさない。 …滅多のことすると、あとでもっとずーっと面倒なことになるの分かるよね…?」 小柄でメガネをかけた、ベストを来た人物だった。坊主の大男の相棒らしい。「…」 千沙都は声が出ない。「はい、お二人さん、事務所にご案内ね」 千沙都は目の前が真っ暗になる気がした。♦ 新宿歌舞伎町のアパートには、「ヤクザマンション」と呼ばれ、反社会的勢力団体が50以上入居していると言われる大きな2棟建てのマンションが存在する(※実話です)。漆島と千沙都が連れていかれたのは、その一室だった。千沙都は奥の合皮張りのソファーに座るように小柄なメガネの男に指示され、「絶対逃げるなよ」と念を押された。 さきほどから、岩切という名らしい坊主の大男が、漆島の腹を、10秒に一度くらいの間隔で執拗に殴っている。「…そろそろ言う気になったかい?」 小柄なメガネの男が尋ねる。こちらは矢野という名前らしい。「こっちも気ぃ使ってんだぜ?顔は殴らねえように。最近は警察の見回りが厳しくてねぇ。大声なんか出されて通報されても面倒…」言っているそばから、 『このヤロー、ナメてんのかコラ!!もういっぺん言ってみろ!』と怒号が飛び交っているのが聞こえる。おそらくははす向かいか、そう遠くない部屋だ。一つの組で複数部屋を借りているのだろうか。それとも違うヤクザの組なのか。このマンションはそれほどヤクザの入居者が多いのか。そして絶えずこのように怒号が飛び交っているのだろうか。「…言ってるそばから、これだ。ここら辺の組はみんな今、スカウトを尋問してるとこだよ… で?藤島兄弟、どこよ?」「うぅ… 知りません… トップの今の居場所は、末端のスカウト《おれたち》は誰も知らないし、連絡先すら秘密なんです…」「じゃあ、連絡先を知っている先輩か誰かを呼び出してもらおうか」「勘弁してください…